達人 その限りなき挑戦 7
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  映画監督・シナリオライター新藤 兼人
撮影=大村 学
音声サービス

新藤さん 結果が良ければ
いいのではない。
人間はどう生きていくか
プロセスこそが
大切なんです。

 言葉,映画,人生。それらのすべてが,ひとつの感動となって私の心の中のスクリーンに映し出されています。日本の人,家族,風土を,暖かい眼差しで撮りつづけておられる新藤兼人監督。また氏は時代の批評家でもあり,平和の語り部でもあります。そんな監督との新たな出会いは,どんなシーンとなることでしょう。

新藤さん ――監督の最新作『三文役者』を試写会で拝見して,とても感動いたしました。同時に,映画をつくる現場は大変なんだな〜と。
 「そうですねぇ。『三文役者』は今年の9月か10月に公開しようかと思っているんです。近代映画協会を創立して,50周年になります。それを記念してということでもないのですが,創立時からのメンバーで親友だった殿山君〔個性派俳優の殿山泰司氏のこと。1989年没〕の生涯を,映画化したいと思っていたんです」
――監督は,みなさんと合宿しながら映画をつくっておられますが――
 「それは要するに形式的な問題ですけれど,映画というのは集団創造ですから,大勢の人がひとつの目的に向かっていく中で,精神的な繋がりが生じるかどうかが重要な問題になってくるわけですよ。テーマをよく理解した人間が集まって,その後形式が出来るんですね。簡単に言うと,ひとつ釜の飯食って仕事をすれば,よく気が合ってですね(笑)。もちろん,いいスタッフがいなければ,いい結果は出ませんが,それだけじゃなくてそこに深い精神的な結びつきがなければ,いい創作はできないと思いますよ。集団創作のオペラとか,オーケストラとか映画という風なものは,みなその部分が非常に大きなカギになりますね」
――映画創りのテーマはどこにあるんですか。
 「私は家族を中心にしたものをずっとやってきたんですね。それは『私の存在は何か』ということが,誰にとっても問題だと思うんですよ。ひとりの人間が集まって,社会つくったり国家つくったりしますね。そうなりますと,家族というものが土台になると同時に中心になるべきものだから,大きな意味を持ってるものだと思うんですね。私はたまたまそんなことを考えるのに便利な環境に生まれたんです。私が少年のときにですね。うちが倒産しまして,家族が離散したんですね。離散したくないのに,離散しなくてはならない。家がなくなったら家族は一緒に暮らせない。『家族とは何か』と考えた時に,これは世界中の人間の問題だと。数千年以上も,親子が連綿と繋がって来て,今現在われわれがここにいる。私がここにいるわけです。つまり,人間の生き方を決定するルーツがそこにある。それと,風土。私は広島に生まれましたから,私のものの考え方の基本は広島の風土だという感じがする。広島は私と繋がっている。私の家族や親類なんかを破壊した原爆も私に繋がっている。だから私には,原爆の映画をやる意味も権利もあると思っているんですよ」
新藤さん ――そうですね。環境によって人は変わる面が確かにありますね。
 「個性の奥で人を形成している風土。土の匂いだとか葉っぱの匂い,そんなものの中で育っていくのだから,それから逃げることはできない。生涯つきまとうんですね。広島は広島の気質,大阪は大阪の気質をつくる。ものを創るのには,個性をもって創りますから,そこに個性が反映しますね。これは誰にとっても非常に大事なことなんです。私には広島の風土がうまく反映して,あるひとつの特徴があると思うんですよね。つまり,私は私の個性を発揮して仕事をしたってことですね。私には家族のテーマがありますが,それはまた私のひとつの個性なんです」
――家族というテーマは,小さな頃から温めていらしたものですか?
 「そうなんです。始めは無意識のうちでしたが,だんだんと『家』や『家族』の問題に出くわす。結論を手繰ってゆくと,やっぱり『家』にたどりついたんです。それと,私の母への想いですね。母は,子どもを生んで育てながら,炊事をし洗濯をし掃除をし,そして田を耕しながら生きて,苦情ひとつ言わないで死んでいきました。何も言い残したり,書き残したりしてませんけど,すごく立派な生き方だと思います」
――『裸の島』の主人公のように黙々と石段を登ってゆくような?
 「あれはですねぇ人生は色々な理屈を言ったって,所詮人間は,石段を一段ずつしか上がれないんだ。理屈を言ったからって十段上がったことになるなんてことはないんですよ。一段ずつしか上がれないんだ。それが現実なんだと。そういう中で,人間はどういう風に生きていくかってことを,作品にしたいと思ったんです。労働と生き方を通して『人間の道は平坦なものじゃなくて,坂道なんだけれど,自分自身というものをしっかりと持っていれば,おのずと結果は出る』というような考え方でつくったんですよ」

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