達人 その限りなき挑戦 3
1px.gif
  女優・劇団「目覚時計」代表稲垣 美穂子
撮影=柳沢通隆
音声サービス インフォメーション

稲垣さん 出し惜しみしないで
全部吐き出すと
あっというまに空気が
うわっと入ってきて
またいい声が
うわっと出るんです。

 稲垣美穂子さんと劇団目覚時計の仲間たちが創るミュージカルには、忘れかけていた、生きる喜びやふるえるような感動がありました。次の世代へ贈る“夢創り”にかける、彼女のハートの中を、ちょっと覗いてみたくなりました。

稲垣さん ――ミュージカルを始められたきっかけは何ですか。
 「25、26年前、イランで開かれたアニメーションフェスティバルに参加して帰ってきた主人が、『今の日本はすごくすばらしいけど、次の世代に心と時間をかけないで過ごしてきたじゃないか。そろそろそのツケが回ってくるよ』って言われたんだけど、どう思う?って。私たちには子供もいないし、仕事でもメッセージ性の強いものを出していなかったから、じゃあ1回くらいやってみようかと。ミュージカルに辿り着いたんです」
――永く続けてこられて、舞台の上から時代を感じられたことは?
 「ミュージカルを始めたばかりの頃、人魚姫の公演中、『王子さまを殺せー』って3歳くらいの女の子が叫んだんです。もう、その時大人たちは仰天です。それが3年も経つと客席全部が『殺せ』って合唱です。そのうち、場面が変わって『やればできるぞー』。やり方を変えないといけない時期だったとは思うんですが、背筋がぞーっとしました」
稲垣さん ――子供たちの声が、時代の声のように突き刺さったわけですね。
 「いろんな反応が刺さりました。刺されるとなんだろう。どう解決しようって、次を考える。そんな頃、『青少年の心を育てる会』を一緒につくりましょうよって。もしそれがなかったら、とても続かなかったでしょうね。結局、お客さまに助けられ、お父さまやお母さま方の力が一緒になって、続けられたと思います」
――でも、エネルギーを持続させるのは大変なことだと思うのですが。
 「私はね、エネルギーは回ってると思ってるの。発声なんかもそうでしょう。歌を唄っている途中で息をケチると、次は息が吸えないからいい声が出ない。出し惜しみは絶対にダメ。出し惜しみしないで全部吐き出すと、あっというまに空気がうわっと入ってきて、またいい声がうわっと出るんです。私たちの能力も、限界はもちろんありますけど、それぞれの特性を思いっきり使って、夢中になればできないことはない。と思うんですね」
稲垣さん ――こんな素敵なことができる人の少女時代はどんなだったろうと…
 「共働きの家庭でしたから、祖母に育てられたみたいなところがあるんです。祖母は可愛がってくれて、踊りや琴のお稽古にも連れていってくれるんです。そうやって、日本の楽しさや暮らしの中に生きているものを吸収させてもらった気がします。それと、私の場合、幼稚園でやらせていただいた、クリスマス劇のマリアさま役が、とても楽しかったようですね」
――マリアさま役が人生を変えたのかもしれませんね。
 「今こうして仕事をしているのは、マリアさま役をやらせていただいたことが大きいかな、と。でも考えると、小説家になりたかった父の果たせぬ夢の影響があったかもしれません。父は病気で弟を死なせたことで医者になった。私の弟も妹も医者。私だけ少し変なんです。(笑)」
――ミュージカルを拝見していると、心のお医者さんという気もします。
 「そうですね。文化というのは、心を癒すってことがあると思います。仕事も、人間を幸せにしようってところから生まれたと思うんですね。花を作る方も、紅茶を作る方も、喜んでほしい、人に幸せになってほしいと。でもそれが機械化されて、カチャンと出てきちゃったりすると、その辺が伝わらなくなっちゃうのかな?とチラッと思ったりしますね」
稲垣さん ――幸せの種まき。その種はどこからきているんでしょう。
 「いろんな方からいただきましたけど、大きいのは、小学校、中学校を過ごした玉川学園の小原国芳先生のお話しでした。『人生の最も苦しい、最も辛い、最もいやな、最も損な場面を真っ先に微笑みを以て担当せよ』って、事あるごとにおっしゃって。その時はよくわからないんですけど、いつの間にか細胞のどこかに入っていたんじゃないでしょうか」
――幼い時に感じたことは、いつか理解できるときがくるんですね。
 「楽しかったから入ったんだと思いますね。学校での共同作業も、楽しく教えられましたね。そんな、共にあるってこと、皮膚感覚で伝え合うって部分が、最近の社会からなくなった気がするんですね。心をふるわせて人と話をしたり、相手を感じて膨らませていくってことができないなら、せめて、心をふるわせて感じ合うということぐらいなら、私にできるのではないかなっていうのが、今やっていることです」

 心地よい時間。心地よい空間。彼女と語り合った瞬間は、まさにそんな時間、そんな空間でした。限りなく美しく、限りなく爽やかな稲垣さんのハートの中には、モコモコと沸き立つ入道雲のようで、それでいて、優しく癒してくれる不思議なエネルギーがあふれていました。


稲垣 美穂子プロフィール

東京都出身。1957年、日活映画「孤独の人」でデビュー。以後、気品のある演技で映画、テレビ、舞台で活躍。1977年、大人と子どもが一緒に楽しめる“ファミリーミュージカル”をテーマに劇団「目覚時計」を設立。世界の名作童話の他、「ファーブルの昆虫記」「白姫伝説」「メルヘンの世界」など、オリジナル作品を次々と発表。2002年3月現在、673ステージ、約61万人を動員。また、“劇場を心の交流の場に!”を趣旨とし、ミュージカルによる“感動の場づくり”を目的に1986年設立された「青少年の心を育てる会(会長=前NHK会長・川口幹夫)」の発起人であり、現在は副会長を勤める。


試聴ボタン 音声サービス
ミュージカル
『ファーブル昆虫記』より[WAV:645K]
心がふるえる舞台を[WAV:566K]
機械的な現代。
舞台で私ができること[WAV:318K]
学生のころ聞いた先生の言葉
[WAV:644K]


BACK

広島ガス株式会社
HIROSHIMA GAS Co.,Ltd