達人 その限りなき挑戦 15
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 比較文化学者・文学博士ムルハーン 千栄子
撮影=大村 学
音声サービス

ムルハーンさん そう。
自分と同じ人はいない。
家の中でも、
お兄ちゃんと僕はちがう人
異文化なんですよ。

 異文化とは「遠い国のお話」でしょうか?「日本は一つの文化」と思ってはおられませんか?女性と男性、兄と弟、わが家と隣家、それぞれが異文化。この新鮮な文化論。ムルハーン千栄子先生のお話しに耳を傾けずにはおられませんでした。

――アメリカで35年暮らしていらっしゃいますが、まずそのきっかけからお聞かせください。
ムルハーンさん  「簡単に言いますと、英語ができたから(笑)。伯父は外務省勤めでずーっとローマ暮らし。伯父と結婚した伯母も外交官の娘で、ロンドン生まれ。で英語がペラペラ。その伯母と、戦後間もないころ、私の生家でもある山口県の下関で一緒に暮らしていたんです。そんなある日、GI2人が歩いて来るのが見えて、近所中の人とみんなで山へ隠れた。伯母だけが赤ちゃん抱いて残った。私たちは山から帰ると2人の死体があるんじゃないかと、恐る恐る帰ったら『卵を買いに来たのよ』って(笑)。その時、英語を話せることのすごさを感じた。宇宙観も変わりましたね。恐怖からの自由が知識によって得られるっていうことを、私は実感したんです。英語ができれば人も助けられると、大学の英文科へ入った。でも当時の日本は、女性が大学出て働くって時代じゃないでしょ。それで、キャリアウーマン目指して(笑)アメリカへ」
――異文化を体験されて、比較文学の道を志されたのでしょうか?
 「アメリカの教育はすべて比較文化的に教えます。家族法はアメリカとイギリスでどう違うのかとか、南北戦争でも北と南の文化比較からスタートするんです。大学で教えていた時も、当然比較文化的に教えます。すると学生から、日本を比較対象にした質問が出る。それに、私はアメリカ人と結婚しましたでしょ。夫婦で国際文化摩擦(笑)。私はアメリカで複眼的な考え方を学んだから、今度は日本のことをアメリカの方に教えてあげなくてはと――それが日本のためだと思っていました。ところがある日、日本の方がアメリカをよく知らないことに気づいた。日本人にこそアメリカのことを教えなくてはと。日本の次の世代へ伝えることを、ある種の使命感に思っています。アメリカでは、周囲も教育もすべてが比較文化ですから、ちびっこだって友だちはみんな異文化だということを知っているんです」
ムルハーンさん ――人はみんな異文化ですか?
 「そう。自分と同じ人はいない。家の中でも、お兄ちゃんと僕はちがう人、異文化なんですよ。もちろん異性も異文化。私の比較文化はこのジェンダー学。男性と女性はどこが違い、どう同じなのか。それぞれはどう貢献ができるのか。そんな研究を『男女平行研究』と私は言っていますが、総合人間学なんです」
――なるほど。お互いをより理解し合うために、大切なことですね。
 「そうなんです。比較文化で重要な条件は『情報リテラシー』情報分析解釈力です。氾濫する情報を鵜呑みにしたら絶対だめ。情報の判断は自分ですべきであり、その責任も自分にあるということを自覚する必要があります。比較文化というのは、相手を責めるための手段ではなく、状況を改善していくための知識と方法なんです。異なる文化のお互いがどうすれば、より良い方向へいくかということを考えなければね(笑)」
――日本とアメリカの教育を比較文化でとらえると、いかがですか。
 「そうですね。アメリカでは『誉め育て』が定着しています。子どもでも、部下やスポーツ選手でもチャレンジして失敗した時、まずは『ナイストライ』。怒ったり責めたりせず、誉めながら『次は、ここをこうしてみたらもっと良くなる』って。次に向かって希望を持たせるわけですね。それぞれちゃんと個性を見分けて誉める。なかなか難しいことですが、自分を正しく見てくれている、評価してくれているという信頼感が生まれるでしょ。そうすれば、次にはどうすればいいかってことを自分で考えるようになり、研究心が湧くように育てることができる」
ムルハーンさん ――次世代を育てるには、日本はこれから何をすればいいのでしょう。
 「日本では、子どもを持つということは、私事に思ってますよね。そうじゃなくて、子どもたちに次の時代をクリエイトしていただくわけだから、優秀な次世代を女性に生んでいただいているという想いを、社会全体に広めないといけない。アメリカでは、女性全体がその想いや社会意識を高めるために挑んできたんです。これは、私たち日本人がアメリカから学べることのひとつでしょうね。だから、国も企業もそのための支援、例えば産休時の手当を国や州が保障するとか、企業は企業内保育所を充実させるとかね。そうすることによって、親は子育てと業務を両立できるようになるし、また将来に希望が持てるでしょ」

 「共生」「融和」がキーワード。21世紀を生きる私たちは、ムルハーン千栄子先生にすばらしいヒントをいただきました。「文化の違いを見つめる」それが第一歩。そして「共に学び、共に歩む」。対立ではなく、違いを活かす文化へ――力を合わせて、扉を開きましょう。


ムルハーン 千栄子プロフィール

山口県出身。1959年より在米35年。青山学院大学在学中に渡米。ニューヨーク市立大学英文科卒。コロンビア大学東洋文化学科で、日本文学と比較文化を専攻し、修士号と博士号を取得。コロンビア大学講師、プリンストン大学日本語課程主任を経て、イリノイ大学で1992年まで比較文学の教授。現在は、グローバル世紀に活躍するためにをテーマとした雑誌『EPIC WORLD』の監修に携わり、講演&執筆活動。著書『女と男の国境線』&『ライブ・アメリカ―街角の対日感覚』中央公論社。『おんな教授アメリカ33年』文芸春秋。『妻たちのホワイトハウス◇愛して泣いて闘った夫婦列伝』集英社。


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