ある日、娘が拾ってきた一匹の子猫。今までとはちがう新しい家族の絆が生まれました。あれから4年。今度は、本になった猫が私の目線を変えてくれました。生みの親ヒロコ・ムトーさんに、猫との出会い、人との出会いをお聞きしました。
――広島にいらしたのは、昨年11月が初めてとお聞きしましたが。
「はい。ミュージカル『ゴールド物語』の上演前に、トークショーで。でも、20数年前、J・ムスタキの『ヒロシマ』っていう歌を訳詞したことがあるのを思い出して。初めてのような気がしなかったんです。広島にはご縁があったんだと」
――作詞、脚本、作家と色々なことに挑戦してらっしゃいますね。
「ええ。姉が漫画家で、『小さな恋人』などとても売れっ子だったんです。その姉の存在がとても大きくて、私も何かを創造する道に進みたいと思ってました。そんな姉を見ていて、大きなものを背負った人の苦しさや哀しさもそばで感じてきましたから、私は自分のスタンスで歩いていけばいいと…。でも、好きなことだけは迷わずにやってきましたけれど(笑)」
――仕事をしながら、妻、母としてのバランスをどう取られたのでしょう。
「子どもが私を必要としている時は、すぐに応えてやりたいと思い、仕事を重ねないようにやってきましたが、結局は自分が後悔しないためだったと思うんですね。そんなに器用な方でもないし、自分の欲望のままに全部やってたら、いろんなものを失っていたような気がします」
――創作の道へ入られたきっかけは?
「私たちの時代って就職難で、ある方の紹介でTBSのテレビ制作に入れたのはいいんだけど、その仕事に向いてなくって、『作詞がしたいな』と思っていた時、たまたまスタジオにいずみたくさんがいらして、声を掛けていただいた。それが作詞家へのきっかけ。特別な才能を持ってない女の子でも『なりたい!』って願い続ける。アンテナを張り、狙い続けていれば必ず道はあるんだなって。だから、一番に夢を持ち、次に努力する。大きな幸運ってワンチャンスしかないと思うから、掴むか逃がしちゃうかは、その人の気持ち次第だと思う。目の前にチャンスがなければ探しに行けばいいし、道がなければ踏み分けて行けばいい。時には登ってみたりね」
――もちろん努力されたのでしょうけど、その幸運を見逃さなかった!?
「あんまり努力はしてないんですけど、チャンスを掴む能力はあったようですね(笑)。でもね、本も何冊か書いていくうちに、ある程度のレベル以上のものを期待されるような気がして書けなくなった時もあるんです。『私はいつまでたってもアマチュアのレベルから抜けられないような気がする』ってある方に言ったら『君は素晴らしいアマチュアになりなさい。プロになりたいと思わずに、最高のアマチュアになればいいよ』って言ってくれて、肩の力がスーッと抜けました。いろんな方に素敵な言葉をいただいて、それで歩いて来れたような気がします」
――人生その時々で、いい出会いをされてきたんですね。
「そうですね。歩く人生の角々で私が迷っていると、必ず手をかしてくれたり、肩を押してくれる方がいて。人に恵まれたなと思います。主人の仕事でアメリカに駐在している時も『英語で童話を書いてみなさい』って現地の出版社の編集者に言われたのね。とても無理と思ったんだけど『”I try“って言いなさい。アメリカでは一番素敵な言葉なんだから』って。そして思わず”I try“って言っちゃった(笑)。本にはならなかったのですが、この時書いた童話が、後に出会った稲垣美穂子さんの目にとまり、初めてのミュージカルになったんです」
――出会いと言えば、このたび出版された『野良猫ムーチョ』も一匹の猫との出会いがきっかけですよね。
「今では、猫嫌いだった私のまわりは猫だらけ(笑)。『ゴールド』と名づけた真っ黒で金色の目をした野良猫との出会いが、3年前に書いた『猫の遺言状』という本になって、それがミュージカル『ゴールド物語』になった。その中で森田あずみさんの描いた猫との出会いが、今度は『野良猫ムーチョ』っていう絵詞集になりました。この秋には堺正章さんの朗読でCDも発売されることになりまして―なんだか人と人、心と手がどんどん繋がり広がってゆく。不思議なネットワークになってますね。池本さんと出会えたのも、このゴールドのおかげ(笑)」
――これからの”I try“は何でしょう。
「今は充実感っていうか、素晴らしい人々に囲まれて、幸せだなと感じていますから、これを越えるものってなかなか手に入るとは思えない気がするんです。だから、まず今日を後悔しないように生きていければいいかなと思って(笑)」
夢を持ち”I try“。そして夢を実現する。まさにそのことを自身で体現してこられたヒロコ・ムトーさん。彼女が生んだ猫たちが、心をほどき、さらに多くの方々の出会いと夢を実現することを、私も強く強く願っていきたいと思います。”I try“。素晴らしい21世紀へ――
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