私の目の前に颯爽と現れた平尾さんは,渋いスーツにネクタイ。監督というイメージはなく,まだ現役の香り,グラウンドの匂いを放っていた。印象的な目,その輝きに出会った瞬間,一体何を見続けているのか私の目で確かめたいと思った。
――ラグビー日本選手権日本一,神戸の皆さん共々,喜んでいらっしゃる。
「そうですね。優勝からしばらく遠のいてましたので,皆さんに忘れられないためにも,また神戸製鋼らしい展開ラグビーに立ち戻っての優勝ということで,選手たちにも自信が戻ってきて,色々な面でいいタイミングだったと思います」
――その自信。どうやって取り戻されたのでしょう。
「自信とか技術とか,闘い方とか,いろんなものがこの4,5年,うまく噛み合わなかったというか。それで開き直ったんですね。技術や自信は急には付きませんから,意志の強さが問われると思うんです。でもラグビーは集団の競技ですから,個人の意志だけではなかなかうまくいかない。今年の優勝は,いい意味での開き直りとプレイヤーの臨む意志を高めた,キャプテンシーがすばらしかったという気がします。特にラグビーは,一瞬のうちに状況が変わり,ゲーム中は監督の力がほとんど及ばない。ですから,多様な局面に対応するためには,プレイヤーが主体性を持ち,実行するという強い意志が重要なわけです」
――仕事もスポーツも同じですね。
「そう思います。僕は,選手とプレイヤーとは分けて考えています。監督の命令通りにやるのが選手で,プレイヤーは自由な発想のもとに,主体性を持ってプレイし,かつ楽しんでプレイする。企業の中でも縦割りとか抜きにして,何が自分ではできるだろうと考え,行動するプレイヤーになれば,今までなかった繋がりが発生する。そこには予測しなかった効果が現われてくる可能性もある。社会がどんどんそういう方向になっていますから,これからは主体性を持って行動し,自分で何かを生み出す力がないといけないんじゃないかと思います。」
――小さな頃から積極的だったんですか。
「いえ,消極的で自己主張できなかったんです。それで劣等感が生まれ,なんとか克服したいと思ってた頃ラグビーと出会った。中学ではキャプテンになって,リーダーシップはあまり得意じゃないと思ってたんですが,責任感だけは強くって,勝ちたかった。それでいろいろ考えてやった。弱いチームが優勝するところまでいったわけです。そうすると自信ができるわけです。こうして,だんだんと自分のビジョンが正しいと思える基盤ができたんですね。小さなことにも妥協しないでこだわってやる。そしてポジティブに考える。ラグビーは次々と局面が変わりますから,ミスを引きずっていては次の判断に影響するんですよ。引きずられている時間がものすごくもったいないじゃないですか。もう終わったことだから,しゃぁない,しゃぁないって(笑)。切り替えていこうって言ってもなかなかできないですけど,例えば,試合の日に雨が降ると,あまりいい気じゃないけど,これはついていると思えるかどうかってことですよ」
――ラグビーのそんな感覚を,どう伝えたらいいのでしょう。
「ラグビーに限らず,僕はまず,この国のスポーツに対する考え方を変えなくてはいけないと思います。スポーツをやるには,主体性だとか自発性,想像性,それに実行力とか問題解決能力のようなものが必要です。スポーツの中には,そういったソフトがぎっしり詰まっているんです。社会が今,どんどん個人の裁量を見直してきていますよね。個人というものが,どういう力を持っているのか,どういうことができるのか,それが最終的に組織にとって,どれだけいい影響をおよぼしたのかということが重要になってくる。先程も言いましたが,自分で考えて,自分で行動を起こし,自分で責任を取る。そういう社会にどんどん変わりつつある。教育も,そういうものを視点においた教育がなされるべきだと思います。こういう時だからこそ,スポーツはいい意味での人間教育の場になると思います」
――これからの夢や目標は?
「スポーツの環境整備ですかね。スポーツをやることによって,社会にいい影響を及ぼす人材が育つように。僕の子どもの世代かその下の世代の頃,いいスポーツ文化が存在しているためにも,今始めないといけない。誰かが始めなくちゃいけない。いい人材を育てるのも,いい環境を整備するのも,時間がかかっちゃうんです。お金もかかる(笑)。それで,1年2年で考えるのではなく,3年で1つ,100年,200年ならだいぶ変わるだろう。そういうスパンで考え,取り組んでいきたいと思っています」
平尾さんの目は,ボールを,試合を見つめるだけの目ではなかった。その真っすぐだけど柔軟な眼差しは,企業を,社会を見つめ,100年,200年先までも視野に入っていた。インタビューの後,初めてグラウンドに立ってみた。なぜか,早春のまだ冷たい風も爽やかに感じられた。
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