達人 その限りなき挑戦 9
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  書・刻字作家安達 春汀
撮影=柳沢通隆
音声サービス

安達春汀さん たたいてノミが
入らなかったら
角度を変えて
たたいてごらん。
入る所が必ずあるから。

 書家として,刻字作家として,輝きを増し続けておられる安達春汀先生。いつもお会いするたびに,先生のおだやかな空気に心が安らぐ。そして見えなかったものが見えてくる。この度は,何を見,何を気付かせていただくか楽しみです。

――私のオフィスにも先生の作品があるのですが,あの素晴らしい作品はどのようにして生まれるのでしょう。
 「作品創りは体力的にもかなりきつい真剣勝負ですから,そんな風に言っていただけると疲れもとれますね。作品は,依頼があって創ったり,人との出会いとかぼんやり考えてる時の閃きとかいろいろなんですが,とにかくプラス指向でいたいと思います。例えば,展示会などで,見てくださった方の独り言,それがどんな批評であれ,いい方に解釈する。これがまたヒントになるんです」
――創作活動とともに人の育成にも情熱を注いでいらっしゃいますね。
安達さん  「人を教えるのが好きなんです。『何かを学びたい,掴みたい』と思っている人が,本当に多いですね。それに,辛い時や嫌なことがあった時に,アトリエや教室の空気を胸一杯吸うと,また頑張ろうという気になる。単に教えるだけではなく,そんな場所を提供していると思うと幸せ。でも,自分には才能がないとか,主婦だからダメとか言う人には,いつも言うんです。『せめて心意気だけは,中央のアーチストに負けない作品創りをしましょう』って。そこから,私に習うだけでなく,自分で創造できる人が生まれたらなと思っています」
――そんな先生も,最初からプロになるつもりはなかったとか
 「えぇ,専業主婦ですから(笑)。プロになるつもりなど全くなかったですね。主婦になっても継続してできることがあればとは思ってましたけど。主人にも『続けた方がいいよ』って言われましたし」
――それでは,この道を歩もうと決意されたのは?
 「最初の個展の時ですね。一作目が売れて『簡単に展覧会やったけど,買ってくださった方のためにも,これはやめるわけにはいかないな』って。『自分には続ける義務と責任がある』と。その時,この道が始まったような気がします」
――刻字を始められたきっかけは?
 「これも主人の一言が大きかったですね。最初は『やらない』ってずいぶん意地を張ってたのですが,結局は刻字を始めた。古風ですから,家庭に入ったら家事に専念して,主人の言うことを聞いてと思ってました…(笑)。それと,主人は実家が材木商で,幼い頃から木のことを父親から習ってよく知っていたんです。そのことも大きかったと思います」
安達さん ――時には押されたり支えられたり,ご主人と出会えて幸せですね。
 「主人が言うんです『感謝しなさい』って(笑)。板の天地とか,裏表を教えてくれたのも主人ですしね。いつの間にか作品についても主人の意見を当てにしているところがあって―これはいけないなと。もう少し自立しなくちゃ(笑)」
――そうやってここまで走り続けてこられたわけですね。
 「そうですね。最近まで前に前にとプラス指向で走ってきて体調を崩した。それをきっかけに,身体と精神のリズムを考えて自分のペースで仕事をしようと今は思っています。以前はお休みしようと思っても,あれもしなきゃこれもしなきゃと(笑)。それが休みも時々取れるようになりましたね。今までのように何かを追い求めるばかりではなく,これからは無駄なものを削ぎ落としていかなければと。先輩に『捨(しゃ)』という字を何年も書いてこられた先生がおられ,その境地にはまだまだですが,入口くらいにはこれたかなと。でも気分はダメですね。欲しい筆があればすぐ買っちゃうし,書いたものも捨てられませんから(笑)」
安達さん ――これからの夢は何でしょう。
 「私の夢って見えないんですよ。見えない夢を追い求めてるって感じですね。でもひとつはっきり言えることは,文字の世界に私はいるでしょ。『字がヘタでサインできない』と思っている人や,仕事には自信を持っていらっしゃるのに自分の字に自信が持てないっていう方を見ると,微力ながらアドバイスしたいなって思うんです。立派な自分があるんだから,そのまま出されたらいいって。ひとりでも多くの方が,自信を持って字を書けるようになるといいなと思います」
――字は人や木目と同じでいろいろ。個性ということですね。
 「そうです。同じ板でもノミが入らない所がある。お弟子さんにも言ってるんです。『難しいことを考えないで,たたいてノミが入らなかったら角度を変えてたたいてごらん。入る所が必ずあるから』って。それが木の個性だし,字もその人らしければいいと思うんです」

 気持ちのいい朝,おもいっきり深呼吸した時のように,体の隅々まで酸素が行き渡った気がしました。「一期一会」「一語一笑」。『いい出会いが道を拓き,人を育み幸せの輪を広げる』と気付かされた笑顔と言葉。喜びと感謝の気持ちを味わいながら,噛み締めています。本日。


安達 春汀プロフィール

広島県出身。1960年香川紫峰に書を師事。'66年号春汀を受く。'71年香川峰雲に刻字を師事。'73年毎日書道(刻字部)初入選。以後書道芸術院展、重陽会展、日本刻字展等入選・入賞多数。'87年広島にて初刻字展個展。以後、個展多数開催。'88年日本の書家100人展招待出品(パリ国際会議場)。'94年文化使節団としてヨーロッパ4カ国歴訪。'95年ドイツ・ハノーバー、ハンガリーにて個展。国宝・厳島神社表額奉納。ベルギー、北京に出展。'98年三越本店にて個展。書道芸術院審査会員。春洋会常任理事。現代刻字研究会主宰。広島経済大学客員教授他。


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